猫型研修医と線虫の日々

線虫好きな研修医が書いているブログ 医学的助言は行っていませんのでご注意を

色と医学

働いてると、いろんな色の表現を聞きます。

吐物が緑色だったとか、ドレーン廃液が淡血性だったとか

でも、色ってあくまで主観的なものです。看護師さんの赤が僕にとってのピンクであることは日常茶飯事ですし、まして淡血性なのか血性なのかなんて、基準がないので言ったもんがちみたいなところがあります。

 

この間ふと見つけた論文

色彩学的にみた看護職者の色表現方法の実態

は医療現場で使われる色の表現について考察しています。

 

これによると看護職では年数を経るごとに、色表現の数が増え、より専門用語での表現が多くなるんだそうです。1年目の方ではやはり、またそのままの色を表現することが多いようです。極端な話「ドレーン排液は赤いです」みたいな感じですかね。

経験を積むにつれて、血性やら乳びやらインジゴカルミンやらといった色そのものではなく、成分にまで言及した表現が出てくるようです。

筆者の方が考察されているように、より正しく伝達するにはおそらく定量的につたえることが必要になるでしょう。その場合には色相、明度、彩度を数値などで伝えれば正確に伝わるでしょうが、それをやるくらいなら写真撮るなりした方がいいですよね。そういったところで現場で生まれたのが専門用語による表現なのかなと思いました。色が正確に伝わらなくても、何が入ってそうかをみた人が推測してつたえてくれれば病態とかは正しく理解できそうですもんね。

簡単に、かつ正確に伝えることのいかに難しいことか

 

それにしても表中に出てくる淡々々血性とか淡々々々血性ってどんななんだか…

なんとなく昨年ヒットした映画の主題歌を思い出しました。

 

何かを知る

知ることは、楽しいことだ

知るということ自体も楽しいことであるのに加えて、何かを知るといつもの風景が違って見える

地質学が専門の父は、ある日食事に出かけた際に駐車場の砂利を見るとよく石の種類をぶつぶつと唱える。ぼくは医療ドラマを見ると、ぶつぶつと疾患名をつぶやいて家族や彼女に怒られる。

はたから見れば気持ち悪いのかもしれない。でもぼくはそちらの方が楽しい。

 

最近、日本酒の科学という本を読み始めた。

 

日本酒は昔から好きなのだが、正直よく分からずに適当に飲んでいた。

職場の先輩と何度か日本酒を飲みにいって、解説してもらったのをきっかけに、少し勉強してみようと思ったのだ。まだほとんど読んでないが、先日酒屋にいってみた。今まで名前しか見なかったラベルも意味ありげに見えてきたし、同じ名前の酒がたくさんあってなにが違うのかわからなかったが、少しわかるようになった気がする。楽しかった。

もっとよんで、勉強しよう。

そして、日本酒の他にも違うものを知ろう。

線虫と遊ぶ、線虫で実験する。

とある日、「なぜあなたの研究は進まないのか」という本を読んだ。

 

なぜあなたの研究は進まないのか?

なぜあなたの研究は進まないのか?

 

 この本自体の紹介は、特にしないのですが(面白かったですよ)

この本を読んで思ったことをば、少し

僕はよく、趣味を聞かれたり、休日に何をしているのか聞かれたりすると、自分のやっていることを揶揄して「線虫と遊んでます。」と答えることが多いです。自分の心の中では、実験をしているというようなことを思っていました。

でも、この本を読んで思いました。今僕がしているのは、本当に「線虫と遊んでいる」に過ぎないのではないないかと

実験の計画をしっかり立てることもなく、やった実験の結果を十分に解釈することなく、ただひたすらに線虫をいじる。

そんなのは実験じゃない。本当に遊んでいるだけだと。

反省した。

 

 

ユーモア

ドイツ語には

ユーモアとは、にもかかわらず笑うことだ

という言葉があるらしい。気に入った。

 

疲れ

疲れてた時のエピソード

 

素手で培地か何かを触ったあと

「あ…汚れた…両手をオートクレーブすればいいか」

と一瞬考えた

理解しえぬもの

夜中に文章を書くのは良くないと昔からいう。

感情的になりすぎてしまうからだ。

 

初めましてなのに、素っ気なかったり、ぶっきらぼうな人たちのことが理解できない

ある程度関わった上で、そうなるのはある意味仕方ない。嫌われてるのかもしれないから。

でも、話したことない人にそういう態度をされると、そもそもまともに話せなくなる。何を考えているんだろうか。そういう態度が、その後の関係性に有用だと思っているのだろうか。

 

全く理解しえないのです。

順遺伝学へのあこがれ

順遺伝学は僕のあこがれです。

なんてったって、研究をしているとどうしても付きまとう「仮説」というものから(ある程度)自由だからです。「仮説」というのは研究をするのに必要だけど、あると間違った方向に進んでいってしまうこともある気がするのです。P.B メダワーが、仮説を信じる気持ちの強さとその仮説が真実であるかどうかは全く関係がないという趣旨のことを著作に残していますが、全くその通りだと思うのです。

その点、順遺伝学は何が見つかるかわからない(それどころかそもそも何かが見つかるのかわからない)ので、純粋な目で生物と向き合うことができると思っています。その分、系の構築には気を使うと思いますが・・・

 

 

Genome-Wide Screen for Genes Involved in Caenorhabditis elegans Developmentally Timed Sleep | G3: Genes | Genomes | Genetics

G3 に掲載された論文です。

線虫の睡眠(Lethargusと呼ばれるもの)の制御因子にNotchがあるのですが、それを用いてLethargusの制御因子を順遺伝学で探索しています。

Lethargusで順遺伝学というのは難しいと思います。なぜならLethargusの変異体を取ろうとすると変異線虫のLethargusを記録する必要がありますが、Lethargusは数時間(たいてい2~3時間)継続する現象なのでサンプル数を増やしにくいためです。さらに線虫が寝る時間を見極めて上記の時間の記録が必要ですのでよくわからない場合には5~6時間の記録が必要となってしまいます。

順遺伝学をやろうとするならおそらくスクリーニングのスケールとしては数千匹はやらないと面白いものは引っかかってこないと思われるので、Lethargusをまともに見て、順遺伝学をやろうとすると途方もない時間がかかってしまいます。

この論文の筆者たちはその点をNotchの異時性発現によってクリアしています。Notchをheat shockプロモータで異時性に出すと線虫は眠るタイミングでなくてもlethargusのような行動をとります。その時に眠らない線虫を拾ってきたということです。

heat shockによって異時性に眠らせることで、線虫の眠るタイミングを操作できるため、効率よくスクリーニングが行えるという算段なわけですね。

さらに筆者たちは第二段階、第三段階とスクリーニングをしており、第三段階ではLethargusを直接測定しています。

いかにしてサンプル数を稼ぎつつLethargusの制御遺伝子を取ってくるかということを悩まれた末の系であったと思います。やはり順遺伝学の系にはセンスが現れますね。僕もいつか、論文を読む人が唸るような順遺伝学の系を作ってみたいものです。