理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。たまに医学っぽいことを書いていますが、あくまで私見です。

食後は眠い

「春眠暁を覚えず」という言葉は春の朝寝の気持ち良さを表した言葉だと思っておりますが、春は食後の眠気もひとしおな気がします。最近は昼食をやや少なめにして、コーヒーを飲むことでなんとか昼食後の眠気と戦っています。

食後に眠くなるのは、小さい頃はよく「食べた後には胃に血が行くから頭に血が行かなくなって眠くなるんだよ」とか言われたものですが、これはどの程度正しいんでしょうか。哺乳類のことはあまりわかりませんが、食後の眠気の理由が血流だけではないことはわかります。おそらくいくつものホルモン(その最たるものはオレキシン)が関与していると思われます。

ヒト以外の他の生物も、食後の満腹な時には眠気があるようですが、実は線虫にも食後の眠気があると言われています。

最初に報告されたのは2008年

Insulin, cGMP, and TGF-β Signals Regulate Food Intake and Quiescence in C. elegans: A Model for Satiety

という論文でした。線虫は基本的には一生涯食事を続けていますが、特殊な条件下では食事をやめて動きをとめます。特殊な条件下というのが、美味しい(成長に利するような)大腸菌を食べた時や絶食後に食事をした時であると示したのが上記の論文です。

動きを止めるのにはInsulin, cGMP, TGF-βが関わっているということも明らかにしました。Insulinはいうまでもなく、食後に分泌が増加するでしょうからある程度の予想はつきますが、TGF-βの関与は意外でした。TGF-βといえばやはりCancerの分野でよく聞く分子だったので、まさか線虫の睡眠に関わる論文を読んでいて出てくるとは思わなかったのです。しかし2013年に出た次の論文である

ASI Regulates Satiety Quiescence in C. elegans 

も合わせて読むとTGF-βから下流のSMADsまでがかなり重要であることがわかります。

 

抽象的な表現にはなりますが、食後に眠くなるということは野生の生物にとっては重要だと思われます。生物にとって食事をすることは最も大切なことの一つであり、なおかつ食物が常に潤沢にある状況はほとんどありません。食べる時に食べて満腹が続く間はエネルギーを温存し、食べていない時にはエネルギーを消費して必死に食物を探さなければなりません。つまり自分が栄養的に満ち足りているかどうかで行動選択の基準を変化させなければならないのです。

上の2本の論文の著者ら(ちなみに1本目のfirst authorが2本目のlast authorです。)は線虫のASIという感覚神経が外界の栄養を感覚し、TGF-βを分泌すること。TGF-βがRIM とRICという介在ニューロンを介した経路を通じて、動き続けて食べ続けるのか、動きと食事を止めるのかという行動選択に関わっていることを明らかにしたのです。もちろんこのような線形のsignaling pathwayだけではなく、より複雑なpathwayが存在することが想定されますが、外界の入力から行動選択までという一連の流れを一通り明らかにするこの2本の論文は読んでいてもすっきりして面白いと思います。

 

ちなみに論文内では食事をやめて動きを止める行動を"Satiety induced quiescence"と呼んでいますが、これは日本語に訳すと「満腹後の静止」となります。2008年といえば線虫での睡眠研究の黎明期であり、まだまだ線虫が眠るということを言えるような状況ではありませんでした。この言葉にもその状況が読み取れます。