理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。たまに医学っぽいことを書いていますが、あくまで私見です。

睡眠のリズム

今日紹介する論文は

The neuropeptide NLP-22 regulates a sleep-like state in Caenorhabditis elegans

という論文です。

神経伝達物質にはたくさんの種類がありますが、低分子量伝達物質と神経ペプチドの大きく2種類に分けることができます。アセチルコリンやカテコラミン類、GABAなどは前者に、メラトニンオキシトシン、プロラクチンなどは後者に属します。一般的に伝達物質というと低分子量伝達物質のことばかり勉強する気がします。それは恐らく、低分子量伝達物質のほうがより直線的な関係での伝達に関わっているからでは無いかと思われます。非常に感覚的で、科学的ではないですが、「アセチルコリン」と言われてもなんの印象もないですが、「メラトニン」と言われれば頭の中には「サーカディアンリズム」という言葉が浮かんできます。神経ペプチドというのは放出されれば次のニューロンを興奮させたり、抑制させるといった単純な伝達物質というだけでなく、生物の行動に深く関わるものだと思っています。実際に神経ペプチドは効果器が神経だけではないことも特徴である気がしますし。

 

今回の論文はC. elegans神経ペプチドの一つ、NLP-22についてです。論文の最後にはNLP-22が哺乳類のNeuromedin Sとの相同性を持つことを述べているのですが、恥ずかしながらNeuromedin Sについてほとんど知らなかったのでそれについても勉強しながら紹介してみます。

 

睡眠様行動に関わる分子の探索の時の取っ掛かりはいくつかありますが、比較的理解しやすくてなおかつ実現しやすい方法として、睡眠様行動中に発現が変化する分子を調べるという方法があります。特にC. elegansの一番有名な睡眠様行動であるLethargusはタイミングが脱皮直前に限られるため、様々な発達段階のC. elegansを集めて来てそれぞれのmRNAの量を比較してみれば、Lethargus中に発現が増加もしくは減少する分子は同定できるわけです。筆者達はnlp-22の発現がLethargus中に減少することを示しました。nlp-22はRIAという介在ニューロンから分泌される神経ペプチドであることがわかり、神経と神経以外に働きかけて睡眠様行動をもたらすという結論になっています。実際にnlp-22をheat shockヒートショックで異時性に過剰発現させると2時間後の以降の睡眠様行動が認められました。このことから考えるとnlp-22はheterochronicな遺伝子から睡眠の実行系をつなぐ架け橋の様な役割をしているのではないかと考えられます。

 

非常に簡単な疑問ですが、「なぜ夜眠くなるのか」という疑問に完全に答えることは今の生物学の知識ではできていないと思われます。勿論、昨年ノーベル賞を受賞したサーカディアンリズムについての研究は非常に進み、リズムの実態はわかりました。さらに最近の研究では睡眠や覚醒の実行系に関しても多くのことがわかって来ました。しかし「眠気」とはなんなのかという事に関しては現時点でもほとんどが分かっておりません。つまり「夜眠くなって寝る」という現象を分解していくと「朝と夜というリズムがあり、今は夜である→眠気を感じる→寝る」となります。この最初と最後に関してはよくわかって来ているけど中間がわからないということです。

 

僕は哺乳類の睡眠はあまり詳しくありませんが、C. elegansでも眠気の分子実体に関しては精力的に研究がなされています。その中で筆者たちはnlp-22が先ほどの中間にあたると考えたのではないかと思います。

 

個人的にこの論文のデータで最も興味深いのはnlp-22のloss of function変異体では睡眠様行動が「浅くなる」だけでタイミングがズレない点でした。つまりnlp-22はheterochronic geneの制御を受けて睡眠様行動の深さを制御していると考えられます。これはすなわち、生体内の時計が睡眠を制御している例の一つと言えるかもしれません。

ただし勿論いくつかの問題点は残ります。この論文ではnlp-22のタンパク質の下流は明らかとなっていませんから、C. elegansの睡眠の実行系(RISなど)との関連はわかりませんし、そもそもRIAがどの様に働いているのかも明らかではありません。実験の手法にも難点があります。この論文では過剰発現の方法としてheat shockを使っていますが、一般的にC. elegansはwild typeでもheat shock後に睡眠様行動をとります。勿論ネガティブコントロールは取ってありますが、解釈には注意が必要であると考えられます。

 

論文の最後の方はneuromedin Sとの関連の話になっています。2005年に発見されたNeuromedin Sは哺乳類では視交叉上核(SCN)の神経に強く発現している分子です。Neuromedin S のSはSCNからから取られたもののようです。哺乳類ではサーカディアンリズムの上流にあるのか、明暗リズムによって発現が増減するということも知られている様です。2015年には視交叉上核の神経の中でもNeuromedin Sを発現している神経が概日リズムを作り出すのに不可欠であるという論文がNeuronに出ています。

そもそも本当にホモログなのかもわからないですが、そうだとしたら生体リズムを作り出す分子に相同性があるということで、面白いなと思います。

 

サーカディアンリズムと睡眠は切っても切れない関係にあると思われるので、これからもしっかりと勉強していきたいところです。