旦那です。
少し不眠や断眠についての論文をまとめてみようと思っています。ハエやマウス、ラットやヒトはreview頼りになりそうですし、そもそもどこまで続くかは気分次第ですが。
これからは論文紹介の際には文章をまとめて基本的に論文の構成に忠実にまとめてみようと思います。感想は後で書くことにします。
線虫と断眠の論文はいくつかありますが、今回はこちらを
Driver RJ, Lamb AL, Wyner AJ, Raizen DM. Curr Biol. 2013 Mar 18;23(6):501-6.
Summary
睡眠には恒常性があり、睡眠の量と深さを保つ機構があるとされている。断眠(sleep deprivation)をされた際、その後に反跳睡眠(rebound sleep)が認められることからも睡眠に恒常性維持の機構があることを示している。この様に睡眠に恒常性があることは睡眠が不可欠であることの間接的な証拠となっている。
今回筆者らはC. elegansの転写因子DAF-16が断眠に反応して働いていることを示した。DAF-16は断眠によって核内移行し、断眠はDAF-16の活性化を介してdauerへの移行を促した。daf-16のloss-of-function変異体は断眠に対する抵抗性が下がり、断眠での死亡率が上昇した。興味深い点としてdaf-16の発現は神経ではなくて筋で重要であった。睡眠の恒常性を制御する機構としてdaf-16シグナリングが神経系以外で働いていることが示唆された。
Results & Discussion
断眠によってDAF-16シグナリングは増強する
筆者たちは過去のショウジョウバエやラットの断眠実験の報告から、断眠とストレスの関係性に着目し、ストレス関連で研究が進んでいたDAF-16(FOXO転写因子)と睡眠について研究した。DAF-16は種々のストレスに応答して核内移行し、標的遺伝子の転写を制御することが知られている。
DAF-16は1時間ほどの絶食で核内移行を起こすことが知られている。C. elegansはLethargus中以外ではほぼ常に食事をしているのだが、Lethargus中は2-3時間ほどpumpingが止まる。そこでLethargus中のDAF-16::GFP融合タンパクの局在を観察した。すると食事をしていないにもかかわらず、DAF-16は細胞質にとどまっていた。
次にL1のdevelopment timingとDAF-16の核内/細胞質比率を計測してみると、L1の途中でDAF-16は核内に存在する比率が最大であり、Lethargus中にはむしろ核内局在の比率が下がることがわかった。これらの結果からはLethargus中にDAF-16が細胞質にとどまる機構があると考えられた。
Lethargus quiescenceを阻害した場合にDAF-16の局在がどう変化するかを明らかにする為、断眠実験を行なった。Lethargusの最初の30分間、強制的に泳がせた場合、DAF-16はコントロール群と比較して優位に核内移行を起こした。Adultで同じ刺激をした場合には核内移行を起こさなかった。この核内移行に細胞種特異性があるのか観察した結果的、腸管と筋の細胞では核内移行が明らかであった。一方神経細胞では明らかな核内移行を認めなかった。*1加えて、断眠を止めると時間依存的に核に移行している割合は低下した。これらの結果からは主に腸や筋の細胞で、断眠によってDAF-16の核内移行が起こることがわかった。
DAF-16の核内移行がDAF-16シグナリングの増強に関与しているかどうかを確かめる為の実験をおこなった。DAF-16はdauer*2への移行決定に関わることが知られており、その決定の一部はL1 Lethargus中に起こることが知られている。筆者らはDAF-16シグナルが増強するとdaureへ移行することが知られているdaf-8 変異体をに対して泳がせることで断眠を行った。結果としてLethargus中に泳がされた線虫はその後にdaureへ移行する割合が高かった。daf-8の上流で働くとされるdaf-7でも同じような結果であり、更にその結果はdaf-16のloss-of-function変異も導入すると減弱した。以上から断眠によってDAF-16シグナリングは増強すると考えられた。
daf-16は断眠に対する正常な反応のために必要である
以前の実験の結果からは、Lethargus前半の断眠はLethargus quiescence全体の長さを変化させなかった。実際に再度実験を行なった結果、pumping、defecationの再開のタイミングはコントロールと変化なく、脱皮のタイミングも変化しなかった。
一方でarousal thresholdの変化ははっきりしていた。断眠を受けた線虫は1-octanol*3への反応性が鈍くなっていた。一方でdaf-16のloss-of-function変異体はarousal thresholdの上昇が認められなかった。この結果から、筆者らは断眠に対するhomeostaticな反応にはdaf-16が関与していると考えた。加えてレスキュー実験を行った結果、筋肉*4でdaf-16を発現させることでarousal thresholdの上昇が一部認められたが、神経*5での発現では認められなかったとしている。*6よって筆者らは線虫の筋肉が睡眠の恒常性維持に関わっていると考えた。
断眠により線虫は致死的なダメージを受ける
以前の論文と同じく、断眠を受けた線虫の一部は死亡した。L4 Lethargusを30分阻害して死亡率は11%であった。死亡した線虫を詳しく見ると脱皮がうまくいっていなかった。*7
daf-16のloss-of-function変異体を用いた所、死亡率は上昇した。daf-16(mu86)で18%、daf-16(mgDf50)で57%、daf-16(m26)で53%、daf-16(m27)で38%の死亡率であった。当然のことながら、断眠時のmechanical stimulationの影響は考えられた為、以下の2つの実験をおこなった。
(1)synchronizeさせたL1線虫*8に対してボルテックスによる機械刺激をあたえた。様々なdevelopmental timigで機械刺激を与えた結果、Lethargusに一致するタイミングで死亡率のピークが認められた。このことから死亡は機械刺激のみで起こるのではなく、Lethargusのタイミングで機械刺激があることが必要であると考えられた。
(2)L4 depriveを行う際にexperimental群の他にyoked群を作成した。experimental群は動きが止まるたびに機械刺激を与えられて動き続けることを強要される。一方でyoked群はexperimental群と同じタイミングで刺激される。yoked群は刺激される際に動きが止まっているかどうかは無視される。この2群は同じ頻度で機械刺激を受けるが、exprimental群はLethargus quiescenceを完全に阻害されるのに対して、yoked群は一部のみ阻害される。この2群ではexperimental群は8例中6例死亡したのに対して、yoked群は1例も死亡しなかった。
以上から筆者らは致死的なダメージとなっているのは機械刺激そのものではなく、Lethargus quiescenceを阻害されることであると結論づけている。
致死的なダメージの原因として筆者らは以下の4つの説明を考えている。
(1)頻回に機械刺激をしたことで致死的なダメージを与えた可能性
この可能性はyoked群を設けた実験で否定的と考えている。
(2)泳ぎ続けたことで脱皮が阻害された可能性
確かに線虫は脱皮の際にflipという特殊な動きをする。しかし、flipと脱皮不全の関係もはっきりしていない。
(3)泳ぎ続けたことで新しい表皮をうまく形成できなかった可能性
しかし断眠して脱皮がうまく行っていなかった線虫でも成虫の表皮は形成されていることが確認された。
(4)活動性を維持したことで代謝が増加した為、脱皮に必要な代謝資源を保てなかった。
この考えはDAF-16がストレスと代謝の制御を担っている点からも合致する。
今までにTotal sleep deprivation(TSD)の影響はラットでよく研究されている。TSDラットは死亡したが、認められた変化としては皮疹、過食と体重減少があった。一方で脳には大きな変化がなかった。ショウジョウバエでも断眠の研究がされたが、神経系以外での遺伝子操作で睡眠が影響を受けたし、断眠によって脂肪代謝は影響を受けた。これらの結果からは睡眠や睡眠様行動の恒常性の制御に神経系以外の関与があることも示唆される。
今回の結果は比較的体の構造が単純なC. elegansにおいても睡眠様行動の恒常性が神経系以外によって制御されていることを示す結果となった。
感想
久しぶりにまともに読んでみました。断眠は難しいな、やっぱり。交絡因子の影響を排除するのがほぼ不可能であるので、実験系の設計や結果の解釈でなんとかするしかない感じがありますが、それが難しい・・・
*1:筆者らも指摘している通り、神経細胞では細胞体での核-細胞質比が大きい為、測定方法によっては神経細胞で特に細胞質への局在を指摘しにくそうであるが
*2:C. elegansの耐性幼虫 環境が成長に適していない(例えば高温や過密状態)場合にL3の代わりにdauerというステージへ移行する
*3:線虫にとっては有害な刺激となる。
*4:プロモータはPmyo-3
*5:プロモータはPunc-119
*6:ただし実験系が複雑である為、この結果には注意が必要である。実験ではまずコントロールと断眠群にわけて、断眠群ではL4 Lethargusを最初から30分間阻害している。その後一度強い機械刺激を加えて線虫の刺激への反応性をLethargusしていない状態に近づける。その状態から1-octanolへの反応性を確認している。恐らく一度覚醒状態に近づけないと差が出なかったものと考えられるが、この方法で直接homeostatic responseを見ているといっていいのかは不明であると思われる。
*7:この様な表現型をmolting-defective (Mlt)という
*8:一番有名なのはL1 arrestを利用したsynchronization