理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。たまに医学っぽいことを書いていますが、あくまで私見です。

ハエは眠るのか

旦那です。

 

今回はショウジョウバエに手を出してみます。

 

Rest in Drosophila is a sleep-like state.

Hendricks JC, Finn SM, Panckeri KA, Chavkin J, Williams JA, Sehgal A, Pack AI. Neuron. 2000 Jan;25(1):129-38. 

 

そういえば先日すでにハエに手を出していましたね。順序が逆になってしまいました。

 

med-ruka.hatenablog.com

 

 

 

Summary

 筆者たちはショウジョウバエの"Rest"と呼ばれていた行動が睡眠様行動と呼ぶに足る特徴を備えていることを示した。ショウジョウバエは特定の場所で、概日リズムの特定のタイミングでRestした。加えてRest中の感覚応答は減弱した。Restは概日リズムとホメオスタティックな制御の両方を受けており、断眠によって反跳睡眠を認めた。更に、哺乳類のアデノシン受容体のアゴニスト・アンタゴニストを投与することでRestを調節することができた。このことは哺乳類からショウジョウバエまでの睡眠制御のメカニズムが保存されていることを示唆する。また筆者らはホメオスタティックな反応が時計遺伝子のtimelessによって制御されていることを示した。今後ショウジョウバエの睡眠様行動を研究することで睡眠の制御や機能の解明に役立つかもしれない。

 

Introduction

 動物界では概日リズムに沿った"rest-activity"のサイクルがある。哺乳類や鳥類では睡眠は脳波によって定義されるが、その他にも行動学的な定義がある。脳波を測定できない生物の睡眠を定義するにあたっては

(1)特定の概日リズムの周期で活動性が低下すること

(2)種特異的な姿勢や場所で睡眠すること

(3)覚醒の閾値が上昇すること

(4)homeostaticな制御を受けること

の4つを満たすことが必要であると考えられた。加えて筆者らは定義として

(5)睡眠様行動は中枢神経の機能変化に関わっていること

が必要であると考えた。これらの定義を設定した場合、ショウジョウバエの"Rest"が睡眠様行動となり得るかを検証した。

 

Results

"Rest"は概日リズムの特定の時期に出現する活動性の低下である

 ショウジョウバエの睡眠様行動を研究するため、通常の活動量測定*1に加えてビデオ撮影による詳細な行動の解析も行った。

 解析ではショウジョウバエは決まって餌のある方で"Rest"をとることがわかった。"Rest"の前には典型的には餌から遠ざかるように数mm歩き、その後にうつ伏せで"Rest"の状態となった。わずかな呼吸の動きのみ認められるようなほぼ完全な不動状態は最大で26分間続いた。一方で不動状態の合間には口先の動きや尾側腹部のピクピクとした動き、四肢の痙攣様の動きは時折認められた。これらの動きは何らかの目的を持ったものではなさそうにみえた。

 11匹のショウジョウバエのビデオ解析では1分以上持続する"Rest"は24時間のうち48%程度を占めていた。概日リズムの中では"Rest"のうち80%以上が夜間に認められた。単一の"Rest"で最長のものは105分程度持続し、"Rest"は30分以上のものがほとんどであった。逆に1分未満の"Rest"のような行動というのは1日のうちでも16分程度と僅かに認められるのみであると判明した。これらのことから"Rest"の定義として1分以上持続する行動であることを加えた。

 

"Rest"中の感覚応答は減弱する

 "Rest"が他の睡眠の定義を満たすかどうかを調べるため、感覚応答に関する実験を行った。主には

(1)個体ではなく、集団のショウジョウバエの観察

(2)集団のショウジョウバエに対して機械刺激によるdeprivation

の2つの実験を行った。

 一つ目の実験として数十匹のショウジョウバエの行動を同時に測定することで、ショウジョウバエは集団で飼育されている場合でも個体での観察時に認められたのと同じ状況(餌から離れて、うずくまって)で"Rest"してしていることが明らかになった。加えて集団で飼育していると個体同士が接触することもあったが、"Rest"中のショウジョウバエは接触程度では反応しないか、わずかな動きをするのみであった。続いて容器のタップに対する反応を調べると、activeなショウジョウバエは反応するが"Rest"中のショウジョウバエは反応を示さなかった。

 続いて2つ目の実験として集団のショウジョウバエの行動を観察しながら、1匹でも"Rest"の状態になったら機械刺激を与えるというプロトコルでdeprivationを行った。最初の2時間では刺激の頻度、強度は高くなくてもdepriveできていたが、6.5時間後には最大の刺激を5回繰り返さなければ活動性を保つことができなかった。

 これらの結果からは"Rest"中は感覚応答が減弱し、depriveによってarousal thresholdが上昇すると考えられた。

 

"Rest"の阻害後には"Rest rebound"が認められる

 睡眠のhomeostasisの関連する現象として反跳睡眠(rebound sleep)がよく知られている。ショウジョウバエにおいても"Rest rebound"が認められるか検証した。

 最初は10-50匹のショウジョウバエを手動でdepriveして観察を行ったが、depriveの後には顕著に"Rest"が増加した。代表的な例では本来ならactiveな状態であるはずの昼間にも"Rest"が認められた。

 次に長い期間の観察の為、プログラムどおりに平均1分毎に機械刺激を加える装置を作成してdepriveを行なった。この場合6時間の間は"Rest"は完全にdepriveできた。実際の実験では"Rest-deprived"群、"Rested-control群"、"Handled-control"(インキュベーターからは出すものの、depriveは行わない。)群に分けた。

 deprive群の中でもdeprive後に過剰に"Rest"が出現する個体から、むしろ"Rest"が減弱する個体まで様々存在していたが、統計解析を行うと"Rest-deprived"群では他の群と比較して優位に"Rest"が多かった。詳細には、deprive後は朝の"Rest"が有意に増加していた。ショウジョウバエは主に夜間に"Rest"しているので、depriveを受けた個体が朝にreboundを起こすことは予想通りであったものの、興味深いことにdepriveを受けた翌日のみならず、3日目まで朝の"Rest"増加は持続した。一方で午後や夜間の"Rest"は郡間に差を認めなかった。*2

 この結果から、筆者らは"Rest"においてはhomeostatic reboundもまた概日リズムの影響を受けていると考えている。加えてrebound Restに関しては概日リズムの影響が減弱している(概日リズムから見ると眠りにくい朝にのみreboundが見られている事から)と結論付けている。

 仮にrebound restがhomeostaticな制御を受けているとしたら、depriveの長さによってreboundの量も影響を受けるだろうかということを次に調べている。結果としては1.5時間以上のdepriveで初めて、reboundがみられることが判明した。*3

 更にストレスの影響を否定するために、depriveと同じ刺激を朝に加える実験も行なったが、controlとかわらない"Rest"を示したのみであった。この事から筆者らは"Rest"のreboundはdeprivationに特異的に起こっていると考えている。

 

"Rest"に関わる神経系のメカニズムには哺乳類との共通点がある

 ショウジョウバエから哺乳類まで多数の神経伝達物質が保存されているが、"Rest"と睡眠を制御するメカニズムが保存されているかを検討した。哺乳類ではアデノシンが睡眠の制御に関わっていることが示唆されている。*4 ショウジョウバエを含む無脊椎動物にはアデノシンレセプターが見つかっていないものの、カフェインをショウジョウバエに投与した。すると"Rest"の平均値はdose-dependentに減少することが判明した。一方で5mg/mL投与したショウジョウバエは死亡例があった事からカフェインによる非特異的なストレスによって"Rest"が阻害されている可能性があった。つぎにアデノシンA1レセプター特異的なアゴニストであるcyclohexadienoneを投与したところ"Rest"は有意に増加した。

 この結果からはアデノシン受容体の拮抗薬や作動薬で制御されいているという点で、"Rest"と睡眠には制御系に共通点があると考えられた。

 

"Rest" reboundは時計遺伝子に影響を受ける

 概日リズムと睡眠のhomeostaticな制御に関する分子レベルの研究はショウジョウバエでも可能であると考えられた。最初に筆者らはすでに知られている時計遺伝子であるtimelessperiodのnull mutant(それぞれtim0, per0と呼ぶ)を解析した。

 "Rest"の計測ではこれらの変異体は予想どおりに概日リズムを失っていたものの、一日を通じての平均の"Rest"レベルは変化しなかった。*5 一方で夜間にdepriveを行なって、それ以降の"Rest"を計測するとper0ではreboundを認めたが、tim0ではむしろdeprive後に"Rest"が減少した。

 より詳細に解析を行なった結果、baseline時点ではper0tim0も"Rest"が断片化していることが分かった。野生型では30min以上の"Rest"が最多であるが、per0, tim0では30min以上の"Rest"はほとんど認められなかった。deprive後はper0ではより長い"Rest"が増加するのに対して、tim0では長い"Rest"の増加は認められなかった。

 tim0で認められた表現系が、timelessの変異に由来するものであることを確かめる為に、tim0にプロモータを含むtimeless遺伝子を導入したtim7という株で実験を行なった。結果としてtim7ではdeprive後のreboundが優位に認められたため、timelessがhomeostaticな制御に関与している可能性が示唆された。ただしtim7では2日目以降のreboundは確認されなかった。この現象に関してははっきりと書かれていないが、実験系自体が個体差を検出しやすい為である可能性が指摘された。

 

Discussion

"Rest"はショウジョウバエの睡眠様行動*6である

 最初にあげた4つの定義を"Rest"は満たしていると考えられる。

(1)特定の概日リズムの周期で活動性が低下すること

ショウジョウバエは主に夜間の前半で最大2.5時間ほど活動性が低下した。"Rest"中は呼吸運動以外に、4-5分毎にわずかな骨格筋の動きを伴う程度である。

(2)種特異的な姿勢や場所で睡眠すること

ショウジョウバエは餌の近くではあるものの、少し離れた場所で床に俯せで"Rest"する。

(3)覚醒の閾値が上昇すること

"Rest"中は他の個体にぶつかられても反応せず、実験的にくわえた機械刺激にも反応しなかった。depriveを行うと覚醒の閾値が上昇することも確かめられた。

(4)homeostaticな制御を受けること

夜間の"Rest" depriveは3日間持続するrebound Restを引き起こした。reboundは1日中認められるのではなく、3日とも朝にのみ認められるという特徴があった。この結果からは他の生物同様、ショウジョウバエの"Rest"がhomeostaticな制御を受けていることが示唆された。加えてreboudも概日リズムとhomeostaticな制御の両方と受けていることも示唆された。

 

"Rest"を制御する神経機構

 "Rest"と哺乳類の睡眠の間に、神経や伝達物質レベルでの進化的な保存があるかどうかを確かめる最初のステップとしてアデノシン受容体について解析を行なった。結果としてはアデノシン受容体の拮抗薬で"Rest"は減り、作動薬で"Rest"が増加するという結果となった。この結果からはアデノシンとその受容体の機能がショウジョウバエから哺乳類まで保存されていることが示唆される。しかしショウジョウバエを含む無脊椎動物ではアデノシン受容体は確認されておらず、アデノシン受容体拮抗薬や作動薬がアデノシン受容体を介さない他の経路で"Rest"に関わった可能性も十分にある。アデノシンと睡眠に関する研究についても今後ショウジョウバエで行える可能性がある。

 

"Rest"と時計遺伝子

 periodtimelessのnull変異体を用いて解析を行なった。per0で認められた概日リズムを失った表現系は予想通りであり、suprachiasmatic nucleus*7を破壊された哺乳類の実験結果と類似点があった。一方でtim0ではhomeostaticな制御に影響が生じた。最近*8ではほ乳類の時計遺伝子が覚醒状態の安定化に関わるとされていることが指摘されていることと一致する。今回の結果からはtimelessが睡眠のhomeostaticな制御に関わっている可能性が示唆される。

 

 結論として筆者らはショウジョウバエの"Rest"が睡眠との間に共通点をもち、sleep-like stateと呼ぶに足りる特長を供えているとする。ショウジョウバエでは遺伝学的な手法がすでに確立されており、哺乳類のモデル生物と比較しても非常に実験を行い易い。概日リズムや記憶に関する知見もすでに積み重なってきている。筆者らは今後"Rest"の研究によって睡眠の機能と制御の分子的基盤が明らかになると考えている。

 

------------------------------------------------------------------------------------------------

感想

 2000年のneuronの論文でした。面白かった。ラットと同じで、細かい実験手法に関してはやったことがなくて想像なのですが・・・

 C. elegansは遅れること8年ほどでsleep-like stateであるという論文が出ていますね。実際のところ無脊椎動物の休止状態の研究をいつ"睡眠"と言い始めるのかっていうのは、みなさん空気を読んで決めている様な気がします。C. elegansも最近はsleep-like stateではなくてsleepという表現に変わってきた感があります。

 ショウジョウバエ神経細胞が10万のオーダーで存在するので網羅的解析はなかなか難しいのですが、不可能ではなく、今後の発展にも期待ですね。

 

 

 

 

*1:細いチューブの中にショウジョウバエ1匹を閉じ込め、チューブの片方には餌を置く。細いチューブの真ん中には上からレーザーがあたっており、ショウジョウバエが動いてチューブの真ん中を通る際にレーザーが遮られる。この遮った回数を数えることで活動量を測定する。

*2:この結果に関しては天井効果と考えることもできそうだが・・

*3:deprive-duration-dependentにreboundが増えるという様な結果はなし

*4:もっとも有名なのはカフェインでしょうね

*5:朝に"Rest"したりするものの、仮眠であったりはしないということ

*6:この当時はsleep-like stateだったんですね・・2018年の今ではsleepと言い切っています。

*7:=SCN 哺乳類で概日リズムを司っている脳の領域

*8:注 1993年