理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。旦那は医師では有りますが、医学的助言は一切おこなっていません。

線虫は眠るのか

旦那です。

 

満を持して線虫へ

ショウジョウバエの論文から8年、あとを追う様に線虫でもsleep-like stateの報告がありました。*1

Lethargus is a Caenorhabditis elegans sleep-like state 

Raizen DM, Zimmerman JE, Maycock MH, Ta UD, You YJ, Sundaram MV, Pack AI. 31;451(7178):569-72. 2008 Jan 9.

 

ショウジョウバエの論文はこちら

 

med-ruka.hatenablog.com

 では行きましょう。

 

Summary

 無脊椎動物で認められる活動の低下と哺乳類の睡眠との間には類似点があり、睡眠様行動が進化的に広く保存された行動であることが示唆される。線虫 Caenorhabditis elegansの発達段階にも静止状態が存在し、Lethargusと呼ばれる。Lethargusは4回の脱皮の直前に起こり、そのタイミングは時計遺伝子periodC. elegansホモログであるlin-42によって規定されている。

 筆者らは今回、Lethargusが睡眠の行動学的な定義を満たす事を明らかにした。加えてcGMP dependent protein kinase(PKG)が睡眠様行動の制御分子である事を明らかにした。筆者らの結果からは今後C. elegansが睡眠研究の有用なモデル生物となると考えられた。

Results

Lethargusは脱皮直前に認められる睡眠様行動である

 C. elegansが脱皮の前に活動量を低下させることは知られていた。実際にeggからadultまでの行動量を定量*2すると、活動量の低下は脱皮をする直前に認められることが確かめられた。この脱皮直前の活動量の低下をLethargus*3と呼ばれている。

Lethargus中は感覚応答が変化する

 次にLethargusが睡眠の特徴を備えているか確かめた。睡眠の重要な特徴の一つとして感覚応答の減弱が挙げられる。この点を確かめるため、筆者らは機械刺激と化学物質による嗅覚刺激の両方に対する応答を観察した。

 最初に機械刺激に対しての応答を検証した。用いた刺激はdish-tapという弱い機械刺激であり、関連するニューロンはALM, AVM, PLM*4によって感覚される。AdultやL4*5ではdish-tapに対する反応で最も多いのはわずかな後退*6であったが、それ以外にしばらく続く後退で反応したり、向きを変えたりといった反応も少なからず認められた。一方でLethargus中の反応としてはほとんどがわずかな後退であり、他の反応はほとんど認められなかった。このことから筆者らは機械刺激に対する反応の低下があると推察している。加えて、dish-tapに反応自体がなかった個体はほとんどなく、機械刺激の感覚神経はきちんと機能していると考えられた。

 次にLethargus中の個体の1-octanolへの反応性を調べた。1-octanolはASH感覚神経で受容され、C. elegansに忌避応答を引き起こすことが知られている。1-octanolを鼻先に垂らした場合に反応するまでの時間を計測するとLethargus中は有意に反応するまでの時間(潜時)が延長した。一方でLethargus中の個体に対して一度強い機械刺激を加えてから1-octanolへの反応性を見ると、潜時には差がなかった。このことからLethargus中であっても刺激で覚醒状態に戻せばASHを介した感覚応答は正常に行われている事が明らかになった。つまりLethargus中の感覚応答の変化は感覚情報の受容の変化ではなく、感覚情報の処理の段階で生じている事が示唆された。

 さらに、Lethargus中の運動機能についても考察を行なった。Lethargus中は全くの無動というわけではなく、定期的に短い時間活動が認められる。この活動中にはLethargusしていない時と同じ様にsin波の様な体勢を取りながら這っている。強い機械刺激をくわえて一時的に覚醒状態をもたらした際の運動量を、体を曲げる回数を指標として計測したところ、L4とLethargus中、adultに差はなかった。

Lethargusはhomeostaticな制御を受けている

 睡眠はhomeostaticな制御を受ける事が知られている。強制的に覚醒させられた後にはより深く睡眠する事が知られており、その深い睡眠中には感覚応答が大きく減弱する事が知られている。*7筆者らはLethargusがhomeostaticな制御を受けているか確かめるために、睡眠の阻害を行なった。具体的にはL3 Lethargusから9時間経った個体に対して機械刺激を加えた。筆者らの実験系ではこの時間帯は殆どの個体が静止状態であった。コントロール群と比較して機械刺激を加えた群では静止度が31%低下していた。1時間の機械刺激ののち、C. elegansの行動を観察すると静止度のピーク値と1回の静止状態の長さ*8に関しては有意に増加が認められた。一方でLethargusが終了する時間に関しては変化がなかった。*9

 さらにhomeostasisの検証を1-octanolへの反応性を用いて行なった。30分間全く静止状態を取らせない様に機械刺激をくわえた個体では睡眠阻害をしていない個体に比較して1-octanolを添加して、反応してから再度静止状態に戻るまでに移動する距離が短い事がわかった。また先述の様に一度強い機械刺激を加えると1-octanolへの反応性は睡眠阻害した個体でもしていない個体やadultの個体と同様であったが、睡眠阻害している個体はしていない個体に比して機械刺激の後、直ぐに潜時が延長する事が明らかになった。

 これらの実験結果からはLethargus中の睡眠様行動はhomeostaticな制御を受けていると考えられた。

cGMP dependent protein kinaseが睡眠様行動を促進する

 Lethargusの制御遺伝子を探索するにあたって、筆者らは最初にegl-4に着目した。*10筆者らが作成したegl-4の機能獲得変異体(gain-of-function 以下 gfと記載)はadultでも活動や食事を止める事が知られていた。そこでegl-4(gf)とegl-4(loss of function 以下lfと記載)変異体のLethargusを測定した。

 筆者らの予想通り、egl-4(gf)変異体はLethargus中の静止度が上昇しており、逆にegl-4(lf)変異体では低下していた。加えて1-octanolへの反応性を調べたところ、egl-4(gf)では潜時が延長していた。強い機械刺激ののちには潜時は短縮して野生型と同等となった。

 観察からegl-4(gf)変異体はadultでも静止状態となることがわかった。このadultで認められる静止状態はRNAiを用いてegl-4の発現を低下させると認められなくなった。この様にLethargus以外のタイミングでも静止状態が認められることは、睡眠様行動が必ずしも脱皮のタイミングと一致する必要が無いことを示唆する。

 egl-4(gf)変異体では睡眠様行動が増強するのに対してegl-4(lf)では1-octanolへの反応の潜時が短縮した。いくつかの感覚神経でegl-4を発現させたところ、この潜時の短縮は野生型と同等程度まで回復した。この結果からはLethargusの制御に感覚神経が関わっていることを示唆した。egl-4が感覚神経で馴化に関わっていることから考えると、egl-4は感覚入力を減弱させることに関わっていると考えられる。

 ここまでの結果からはegl-4C. elegansの睡眠様行動に関わっていることが明らかになったが、他の無脊椎動物でも同様に睡眠様行動に関わっているのか明らかにするために、筆者らはDrosophila melanogasterでPKGを変異させて作用を減弱させたところ、D. melanogasterの睡眠は減少した。このことからPKGが睡眠用行動を制御することは無脊椎動物内で保存された機構であると考えられた。

 一方 D. melanogasterの研究からはcAMPシグナルが覚醒に関わるとされている。cAMPの睡眠への関与を確かめるため、C. elegansの変異体を作成したところ、覚醒閾値の変化が認められた。このことからはD. melanogasterC. elegansの睡眠様行動の間には分子遺伝学的な機構の保存があると考えられた。

Conclusion

 睡眠が進化の過程で保存されている理由は不明である。C. elegansに於いては睡眠様行動が脱皮という発達に重要なタイミングで認められることから、睡眠様行動が成長や発達と大きく関わることが考えられる。Lethargusに近いタイミングでシナプスの変化が起こるという報告*11からは、Lethargusという睡眠様行動によって神経系に変化が起きているとも考えられる。哺乳類でも睡眠が脳の可塑性に重要であることと相同な現象が、Lethargus中のC. elegansにも起こっているのかもしれない。

 

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感想

 最初に読んだのはいつの事だったでしょうか、思い出深い論文ですね。しかし読み直してみると再発見があるものですね。D. melanogasterの結果があることは覚えていましたが、本文中のfigに登場することは忘れていました。てっきりSupplementaryに出てくるのかと・・・

 この論文が出てからようやくC. elegansの睡眠様行動は市民権を得たといってもいいと思います。2016年くらいには「もう睡眠様行動じゃなくって睡眠って呼ぼうよ!」みたいなレビューも出てきます。

 温故知新、久しぶりにゆっくり読めて良かったです。

 

 

 


*1:厳密にはこの論文の前にもいくつかquiescenceの論文があるのですが、タイトルにまでsleepという言葉の入っている著名な論文としてはこの2008年のNatureがあがります。

*2:プレート上で10秒ごとに画像を撮影、連続する画像で減算処理を行って活動量を定量する。それを60時間に渡って行う。

*3:Lethargusの定義については細かく考えていくと議論があるが・・・結論が出なそうなのでスルー

*4:C. elegansの感覚神経や介在神経はこの様に3文字で記載される事が多い、この場合、最初の1文字はanterior、posteriorを表している。

*5:4齢幼虫

*6:dish-tapに対するdominantな反応が後退であるのは、ALMやAVMのみが反応しているのではなく、dish-tapに反応する感覚神経の内ではALMやAVMが優位であるという事

*7:ここのhomeostaticの解釈が、この論文最大の疑問点であると思われる。一般的にはhomeostatic reboundは睡眠の量で語られる事が多く、睡眠阻害後の睡眠が増加する事がhomeostaticな制御を示唆するという考え方が優勢であるように思う。一方でこの論文ではあくまで睡眠の深さにしか言及していない。以前に睡眠の研究を長くやっている方(C. elegansは非専門)から、「この論文でのhomeostasisは何か違う気がする」と言われたが、その辺りが関与しているのではないかと考える。

*8:先述の通り、Lethargus中もC. elegansはわずかに動くため、Lethargusは静止状態と活動状態の繰り返しから成っている。活動状態と活動状態に挟まれた静止した時間が、1回の静止状態の長さとなる。

*9:睡眠阻害をしても同じdevelopmental timingでLethargusが終了している。

*10:ちなみに以前紹介したgeneticsの論文の筆頭著者とこの論文の筆頭著者は同じ先生であり、こういう展開になるのは当然であったのかもしれない。

*11:DDリモデリングという現象、運動ニューロンシナプスの接続変化がL1のLethargus頃に起きる