理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。たまに医学っぽいことを書いていますが、あくまで私見です。

上皮と睡眠

こんにちは

ゴールデンウィークの目標はゆっくり眠ることです。

 

今日は論文紹介です。

Epidermal growth factor signaling induces behavioral quiescence in Caenorhabditis elegans

という論文を紹介したいと思います。

 

EGF(epidermal growth factor)といえば腫瘍の領域での話の方が有名でしょうね。ゲフィチニブ( 商品名 イレッサ)のニュースは一時期世間を騒がせましたし、現在でも肺癌となればEGFR(EGFのレセプタ)の変異を調べたりすると思います。

そもそもEGFは名前の通り、上皮を成長させる因子として知られています。そしてある種の癌(例えばゲフィチニブ感受性の肺癌)ではEGFRの恒常活性化が上皮の癌化に関わっているとされます。

しかし、EGFRは上皮以外にも神経系でも発現しており、その効果は意外なところに現れます。2001年のScienceに掲載された論文ではEGFが睡眠に関わっていることが示唆されていました。今回紹介する論文は線虫におけるEGFシグナル経路が線虫のLethargus中の食事と運動の静止を司っているという論文です。

 

 

線虫ではEGFとEGFRのホモログが一対知られており、それぞれLIN-3とLET-23という名前がついています。筆者たちはまずLIN-3をheat shockで発現する様な線虫を作りました。その線虫はheat shock後、pumping(咽頭の運動のこと、嚥下と考えれば理解しやすい)を止めました。

嚥下を止めるなんて、僕らにとっては簡単なことですよね。でも線虫にとっては一大事。線虫は人生のほとんどの時間、pumpingを止めないのです。それこそ止めるのはLethargusという睡眠様行動の間くらいのもの。筆者たちはpumpingを止めた線虫に着目しました。(ちなみにLethargus中に線虫は神経伝達物質を使って、能動的にpumpingを止めています。)

 

次に筆者たちは、LIN-3の下流を調べます。具体的にはheat shockでLIN-3を発現する線虫にさらにlet-23の loss of functionを入れました。LIN-3のpumpingを止める効果がLET-23を介しているならlet-23 loss of function変異体ではpumping が止まらないはずです。実際にlet-23変異体はpumpingを止めませんでした。(さらにRNAiによる実験も行なっています。)

彼らはさらにその下流も調べました。先述した上皮に関しての作用ではEGF-EGFRの下流はRas経路が有名ですが、線虫の静止にはこれらは関わっていませんでした。その代わりに関わっていたのはPLC-γであったということも突き止めています。(細胞内シグナリングの勉強不足が祟ってこの辺きちんと理解できていません。勉強します。)

 

あとは神経でこのEGF-EGFRシグナリングが大切なことを示し、さらに Lethargusという睡眠様行動中のpumpingとlocomotionの静止にもこのシグナリングが関わっていることを示しています。

 

彼らは論文中で、EGF-EGFRシグナリングは睡眠のCircadian プロセスには影響しないと述べています。睡眠の研究者にとってHomeostaticプロセスの実態を突き止めるのは悲願の様なものなので、彼らもこう言っているのでしょうが現在のところ、未だに全くわかっていないのでやはり難しいものですね。

 

 

なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、面白いし綺麗な論文でした。(綺麗すぎて驚きがないといえばないのですが、それはきっとこの論文を今読んでいるからなのでしょう。)

恐らく線虫のLethargusのことをsleep-like stateと言い始めたのは2008年のNatureの論文ですので、この論文が出た当時は、Lethargusがsleep-like stateであると広く受け入れられていなかったのです。(今もそんなに受け入れられているとは言えないですが)

そんな中、線虫でEGFがquiescenceに関わっているというのは、その実験の意義自体を疑問視されることも多かったのではないかと思います。未だに線虫で何がわかるんだっていう旨のことをよく言われますから。そんな逆境にも負けず、進化的に保存された睡眠の意義というテーマを切り開いてくれた論文のうちの一報であるこの論文には思い入れがあるのです。