理系夫婦のうたたねブログ

理系夫婦が好きなことを書いていきます。旦那は医師では有りますが、医学的助言は一切おこなっていません。

ラットは寝ないとどうなるのか

旦那です。

 

古典を読みました。

academic.oup.com

 もともとは1989年にpublishされた論文を検証してまとめ直したreviewです。有名な総説ですね。しっかり読むのは久しぶりな気がします。私はラットやマウスの研究をしたことがないのでイマイチなまとめになってしまうと思いますが、あしからず・・・

 

 

 

1989年の結果の確認

 筆者たちが1989年に報告した断眠実験の結果を再確認している。1989年と同じくDisk-over-water法*1でラットのTotal sleep deprivation(=TSD すべてのsleep stageで断眠)とParadoxical sleep deprivation (=PSD)を行っている。*2

1. 死亡率

TSDされたラットは2-3週程度で死亡、PSDの場合には4-6週で死亡することが確かめられた。

2. 体重減少

TSD、PSDともに食事摂取量が増加するにもかかわらず、体重が減少することが確かめられた。エネルギー消費量は増加していることを確かめた。

 3. 外見

断眠されたラットは痩せこけて衰弱することを確かめた。

4. 皮膚所見

ひどい皮膚潰瘍と過角化が手足と尾にできることが再現された。

5. 体温

TSDラットでは最初、深部体温は上昇するが、その後体温が低下していった。一方でPSDラットでは一貫して体温は低下した。

6. 反跳睡眠

TSDをやめた場合には反跳睡眠(rebound sleep)を認めた。反跳睡眠にはREMが多いという特徴があった。

 

断眠実験の交絡因子について

 断眠実験にはいつも交絡因子がつきまとう。ラットでの研究ということで*3絡因子としてサーカディアンリズムの破綻とストレスの影響があげられた。

サーカディアンリズム

 常に明期で実験を行うことによってコントロール群でも同じようにサーカディアンリズムを破綻させて実験を行った。筆者たちはサーカディアンリズムの破綻のみでは断眠による表現型は殆ど出ないとしている。(論文は引用されていない。)加えて12時間ごとに明期暗期を分けての実験も行ったが、こちらでは明期のみのときと同じ表現型がみとめられた。これらのことから断眠による影響はサーカディアンリズムの喪失のみでは説明できないとしている。

 

ストレス

 コントロール群も同じくDisk-over-water法を行われていたため、断眠群と比較することでストレスのみの影響を除外できていると考えられる。加えて断眠群では典型的なストレス応答*4が認められなかった。TSDラットの体温変化はストレス応答と真逆であり、最初は体温の上昇を認めるが、その後は経時的に体温は低下していった。時間経過とともにエネルギー消費が増大することもストレス応答では認められない特徴であった。反跳睡眠にREMが多いこともストレス応答では認められない特徴であった。これらのことからストレスの影響は完全には除外できないが、断眠特異的な反応を捉えられているとしている。

 

断眠によって認められた変化と考察

エネルギー消費の増加

 断眠でラットのエネルギー消費は倍増した。このエネルギー消費の増加に関しては単に覚醒時間が延長したことによる効果ではないとされる。実際にSDを継続するに従って徐々にエネルギー消費量は増加していくことが確かめられた。

 エネルギー消費量の増加を説明できるホルモンとしては副腎皮質ステロイド甲状腺ホルモン、アドレナリンを測定したが、明らかな増加は示さなかった。唯一循環血中のノルアドレナリンはSD開始とともに分泌が増加し、その後も徐々に濃度が上昇した。この結果からはエネルギー消費の増加はノルアドレナリン分泌の増加によるものと考えられた。

 断眠中のエネルギー消費に対するノルアドレナリンの効果を見るため、TSDラットにグアチネジン*5を投与した。結果として血中のノルアドレナリン濃度は下がったものの、エネルギー消費量やSDに関連した他の影響は変化しなかった。このことからノルアドレナリン血中濃度上昇はエネルギー消費増大の原因ではなくて、結果であることが示唆された。

 次に甲状腺機能を低下させたラット*6を作成した。このラットでは断眠初期の体温上昇が認められず、その後の体温も一貫して低温であった。一方で中枢における体温のセットポイント上昇は起こっていた。体温低下はより顕著であるものの生存期間は変化しなかった。逆に甲状腺機能亢進状態にした場合には体温は最初から上昇し、その後も高いままで維持できていた。しかし、生存期間は37%短縮した。

 以上の結果からは上昇した体温のセットポイントまで体温を上昇させるために、甲状腺ホルモンやノルアドレナリンなどを用いているのではないかと考えられた。

 ではエネルギー消費の増大が、最終的な死に関わっているのか。それを明らかにするため10℃未満という寒冷条件でラットの観察を行った。この場合にはエネルギー消費量は常温下での甲状腺機能亢進ラットと同程度となるが、34日間の観察期間で死亡したラットはいなかった。

 別の可能性として甲状腺機能亢進により寿命が短くなるのは異化亢進による組織の破壊などが関与するのではないかと考えられた。しかし、断食ではTSDと比較して2倍以上の体重減少が起こるが、死亡例はなかった。

 甲状腺機能低下では体温がより低下するも、死亡までの期間は変化せず、甲状腺機能亢進では体温は保たれているが、死亡までの期間は短くなる。これらの結果からは低体温が直接の死因とは考えられなかった。

 ただし、興味深い点として甲状腺機能低下ラットでは断眠による衰弱した様子や皮膚障害が認められず、外見上は断眠されていないラットのように見えた。皮膚障害に関しては病理学的にもあまり類を見ない障害であるとされ、詳細なメカニズムは不明であるが、断眠甲状腺機能亢進の両方が関与することで形成されているのではないかと考えられる。

 

体温制御

 断眠されたラットの体温は特徴的な変化をした。TSDラットの深部体温は断眠開始直後には上昇するが、その後は低下の一途を辿った。ラットのエネルギー消費量は増大していたことから、この体温の低下は熱の喪失によるものと考えられる。TSD開始直後の体温上昇の原因としては体温制御中枢でのセットポイント上昇が関係していると考えられた。実際に深部体温が低下しているにもかかわらず、視床下部の温度は長い間保たれていた。加えてTSDラットは高温環境を好んでいた。

 一方でPSDラットでは最初の体温上昇も視床下部の温度上昇もなかった。このことからは体温のセットポイントの上昇はNREM sleepの障害によって生じていると考えられた。逆に熱の喪失はREM sleepの障害によって生じていると考えられた。実際にNREM sleepの断眠では死の直前まで体温の上昇が認められていた。

 総じて睡眠によって体温の調節は大きく乱れると考えられた。

 体温のセットポイントは視索前野(Preoptic area)で制御されているとされる。この領域を傷害した場合には体温の恒常性制御ができなくなった。しかし、それだけではTSDで認められるような体温変化は再現できなかった。このことからはTSDによる影響は単なる体温調節中枢の障害ではないと考えられた。

 次に異常な熱の喪失の原因を探るために、末梢血管の拡張、収縮能の評価を行った。血管拡張薬を用いた実験ではTSDラットにおいても末梢の血管収縮能は保たれていることが示唆された。一方で断眠によって血管収縮能が傷害されるという研究結果も存在することから、はっきりと結論は出ていない。おそらく、血管収縮能の障害は体温調節能不全の一部をなすと考えられるが、全てを説明できるわけではないようである。

 食事摂取量が増大しているにもかかわらず、体温を保てないというのは非常に興味深い。加えてTSDラットは体重も減少し、運動量も現症していることから摂取した食物の熱量の行き先は現時点では不明である。

 

脳での変化

 睡眠の恒常性は脳で制御されていると考えられているが、断眠で死亡したラットの脳に明らかな変化は認められなかった。モノアミンレベルやREM sleepに関連するアセチルコリンレセプタの解析、脳領域から細胞内小器官のレベルまでの病理学的検討まで行った論文があるものの、大きな変化はみとめられなかった。初期応答遺伝子の検討でも多くの脳領域では差が認められず、糖代謝を見た研究でも視床下部視床などで低下を認めるのみであった。しかも視床下部での糖代謝の低下はTSDラットよりもNREM sleepをしているラットのほうが低下していた。

 結果として断眠されたラットの脳には、断眠の効果を説明できる形態学、機能的な変化は認められなった。

 

免疫への影響 

 1989年の研究時点ではTSDラットも、PSDラットも免疫の異常を示さなかった。ただし当時の実験で計測された項目は脾臓の細胞数カウントなど免疫能を充分に反映しているか不明な項目であった。1993年の報告ではTSDラットは6匹中5匹で菌血症となっていた。一方でコントロール群のラットは菌血症を起こしていなかった。ここからはTSDによって免疫が正常に働かなくなっていることが示唆された。菌血症の原因となる感染のfocusははっきりとせず、Bacterial Translocation*7が考えられた。

 以前の実験で免疫異常が検出できなかった理由として、単純な免疫能の低下のみが起こっているわけではないということが挙げられた。具体的にはTSDラットの半数でリンパ球は減少したが、半数では増加した。加えてTSDラットとコントロールラットに同種異系の腫瘍細胞を移植した結果、TSDラットでは腫瘍があまり成長せず、より早く退縮した。この結果からはT細胞系の免疫が賦活化されている可能性も示唆された。これらの結果からはTSDによって免疫系が撹乱されている可能性が考えられる。

 菌血症がその他のTSDで見られる反応に影響しているかを見るため、広域スペクトラムの抗菌薬投与を行いつつTSDを継続する実験も行ったが、他のTSDでの影響に変化はなかった。注目すべき点として、抗菌薬投与を行っていても、ラットはほぼ普通のTSDラットと同じ時期にやはり体温が低下して死亡した。

 これらの事実からはTSDは免疫系を撹乱し、最終的に菌血症を起こすものの、その他のTSDによる影響全てを説明することはできないと考えられた。

 

まとめ

 断眠群とコントロール群の比較により、少なくともラットにおいてはNREM睡眠やREM睡眠は生物学的に必要不可欠であると考えられた。断眠は特徴的な一連の変化を引き起こすことも明らかになった。

 一方で断眠による影響から睡眠の生物学的意義を明らかにすることはできなかった。睡眠の意義に少しでも迫っていたのは体温制御に関する知見であると考えられた。今後睡眠と体温制御に関してのさらなる研究が必要であると考えられる。

 断眠によって生じる、死を始めとした様々な状態を一元的に説明することは現時点ではできない。おそらく、多数の経路が関わる過程であると考えられ、それゆえに一つの機序を回避したとしても、同じ結果が得られるものと考えられる。

 睡眠は多くの生物種*8で認められる。一つ一つの動物種での睡眠の意義が全て異なっているということは考えにくい。つまり睡眠が保存されている理由があるはずである。

 

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 感想

 ラットの実験ということでなかなか想像しにくく、加えて過去の論文の知識もないので読むのが大変でした。今後他の論文読んで間違いに気づいたら直しに来るかもしれません。

 体温の変化に重きが置かれているのが印象的ですね。哺乳類の体温制御ってそれだけで本が1冊かけそうなくらい深いテーマだと思うのですが、それについて語り始められたら理解を超えてしまいますね。

 医学での勉強では生理学をしっかりやることはなく、ふわっとした理解で十分であり、病態をある程度説明できればそれでよい。っていうことがほとんどでしたので、本気で生理学を勉強しなくては哺乳類の理解っていうのは難しいんだろうなーと思います。

 一方でこのreviewを読んでいて、医学のバックグラウンドというのは哺乳類の研究には役立つのかもしれないとおもいました。一つ一つの生理学的知識はアバウトですが、一通り全身を理解しているおかげで睡眠のような多臓器が影響を受けるような現象の理解は比較的しやすいように思います。

*1:円盤の上にラットを載せて、EEGを継続的に記録し、入眠したら円盤を回転させて起こす。円盤が回転している間は反対に歩かないと水に落ちてしまうような仕組みになっている。

*2:REM sleepのことをparadoxical sleepということがあります。むかしの論文に多い印象

*3:C. elegansにはサーカディアンリズムは存在しない。

*4:胃潰瘍や副腎過形成、食欲の低下、脾臓の萎縮 、毛細血管血流の減少、最初に低体温が認められて、その後に発熱するという体温の変化

*5:ノルアドレナリンの遊離阻害薬、ノルアドレナリンの枯渇を引き起こす。

*6:プロピルチオウラシルを用いた

*7:腸管のバリア機構の破綻から腸管内の細菌が血流に乗る現象 ICUに入っている患者さんなどでも見られる

*8:おおよそ神経系を持つ生物はすべて、最近ではクラゲで提唱されて話題になりました。